はじめに ― 「データの所在」が問われる時代
2020年代に入り、データ保護に関する法規制は世界的に急速な強化が進んでいる。EU一般データ保護規則(GDPR)の施行を皮切りに、各国は相次いでデータ保護法制を整備し、違反に対する制裁も厳格化の一途をたどっている。
日本においても例外ではない。改正個人情報保護法は2022年4月の全面施行以降、運用の厳格化が継続しており、個人情報保護委員会による行政指導や勧告の件数は年々増加傾向にある。2024年には個人情報保護委員会が複数の大手企業に対して行政指導を行い、2025年にも改正の検討が進められた。
こうした潮流の中で、企業にとって最も重要な問いの一つが**「自社のデータがどこに存在するのか」**である。かつては「データの保管場所」といえば社内のファイルサーバーを想像するのが一般的だったが、クラウドサービスの普及に伴い、自社データの物理的な所在を正確に把握している企業は驚くほど少ない。
本記事では、法務・情報システム部門の実務担当者を対象に、国内外のデータ保護規制の動向を整理し、とりわけ「データ・ローカライゼーション」の観点から企業が2026年に取り組むべき対応について解説する。
世界のデータ保護規制の潮流
GDPR(EU一般データ保護規則)
2018年に施行されたGDPRは、世界のデータ保護法制のベンチマークとなっている。その特徴は以下の通りである。
- 域外適用: EU域内の個人データを取り扱う事業者は、事業所の所在地にかかわらずGDPRの適用を受ける
- データの越境移転制限: 十分性認定を受けていない国へのデータ移転には、標準契約条項(SCC)等の追加的保護措置が必要
- 高額な制裁金: 全世界年間売上高の4%または2,000万ユーロのいずれか高い方が上限
- データ保護影響評価(DPIA): リスクの高い処理には事前評価が義務化
日本は2019年にEUから十分性認定を受けたが、これは日本の法制度全体に対する評価であり、個々の企業が越境移転の義務から完全に免除されるものではない。実務上は、移転先の具体的な保護措置の確認が引き続き求められる。
CCPA/CPRA(米カリフォルニア州)
カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)およびその後継であるカリフォルニア州プライバシー権利法(CPRA)は、米国において最も包括的な州レベルのデータ保護法である。
- 消費者の知る権利・削除権・オプトアウト権を明文化
- 「個人情報の販売」に対するオプトアウト権
- データブローカーへの規制
- 2023年のCPRA施行により、**専門の執行機関(CPPA)**が設置された
米国では連邦レベルの包括的なデータ保護法は未だ制定されていないが、コロラド、コネチカット、バージニアなど複数の州で類似の法律が施行されており、パッチワーク的な規制環境への対応が必要となっている。
中国データセキュリティ法・個人情報保護法
中国は2021年にデータセキュリティ法および個人情報保護法を相次いで施行し、世界でも最も厳格なデータ規制体制を構築した。
- 重要データの国外持ち出しにはセキュリティ評価が義務化
- 一定量以上の個人情報の越境移転には国家インターネット情報弁公室の審査が必要
- データの国内保存義務(データ・ローカライゼーション義務)が明記
中国に事業展開する日本企業にとって、データの国外持ち出しに関する規制対応は喫緊の課題となっている。
各国に共通する「データ主権」の考え方
上記の各法制度に共通するのは、**「データは国家の主権的管理の対象である」**という思想である。データの自由な移転を原則としてきたインターネットの理念に対し、各国政府は自国民のデータを自国内で管理するべきだという方向に明確に舵を切っている。
この流れはインド、ブラジル、韓国、タイ、ベトナムなど新興国・ASEAN諸国にも広がっており、グローバルに事業を展開する企業はデータの所在管理を経営上の重要課題として位置づける必要がある。
日本の法規制 ― 改正個人情報保護法の要点
2022年改正の主要ポイント
改正個人情報保護法(2022年4月全面施行)は、以下の点で企業に大きな影響を与えている。
1. 外国にある第三者への提供規制の強化
改正前は、外国にある第三者にデータを提供する際、「本人の同意」を得れば足りるとされていた。改正後は、同意取得の際に以下の情報を本人に提供することが義務づけられた。
- 当該外国の名称
- 当該外国における個人情報保護制度に関する情報
- 当該第三者が講じる個人情報保護措置に関する情報
2. 本人の権利拡充
- 利用停止・消去請求権の要件緩和
- 開示請求のデジタル対応義務化
- 第三者提供記録の本人開示請求権の新設
3. 漏洩報告義務の厳格化
個人データの漏洩等が発生した場合、以下の両方が義務化された。
- 個人情報保護委員会への報告(速報:概ね3〜5日以内、確報:30日以内)
- 本人への通知
対象となる事態は、要配慮個人情報の漏洩、財産的被害のおそれ、不正アクセスによる漏洩、1,000件を超える漏洩の4類型である。
4. 罰則の引き上げ
| 違反内容 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 個人情報保護委員会の命令違反 | 30万円以下(個人) | 1億円以下(法人) |
| 個人情報データベース等の不正提供 | 50万円以下 | 1億円以下(法人) |
| 報告義務違反・虚偽報告 | 30万円以下 | 50万円以下 |
法人重課が導入され、法人に対する罰金上限が最大1億円に引き上げられたことは、コンプライアンスの優先度を高める大きな要因となっている。
ISMS/ISO 27001認証とデータ管理
ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)認証、とりわけISO/IEC 27001は、情報セキュリティに関する国際標準規格である。多くの企業が取得しているが、注意すべき点がある。
- ISMSはマネジメントシステムのフレームワークであり、個別のツールやサービスの利用が法的に適切であることを保証するものではない
- ISMS認証を取得していても、外部サービスへのデータ提供が第三者提供に該当する場合は、別途個人情報保護法上の対応が必要
- ISMSの管理策(Annex A)には「供給者関係」に関する要件があるが、これと個人情報保護法上の義務は完全に一致するものではない
つまり、ISMSは必要条件の一部ではあるが、十分条件ではない。
「オンラインツール利用」と法令の接点
ここまで、規制の全体像を概観してきた。では、この法規制は日常的な業務にどのように影響するのか。具体的に考えてみよう。
無料オンラインツールへのファイル送信は「第三者提供」か
業務で日常的に使われるオンラインツール ―― PDF変換、画像編集、翻訳、OCRなど ―― の多くは、ユーザーがファイルをサーバーにアップロードして処理を行う仕組みを採用している。
この「アップロード」という行為は、個人情報を含むファイルの場合、法的には**「個人データの第三者提供」に該当する可能性がある**。具体的には以下のような状況である。
- 顧客リストを含むExcelファイルをオンラインのPDF変換ツールで処理する
- 履歴書や職務経歴書をオンラインのファイル圧縮ツールに通す
- 従業員情報が記載された社内文書をオンラインの翻訳ツールにかける
これらの行為において、ファイルのデータは当該サービスの運営者のサーバーに送信されている。サービス運営者はファイルの中身を直接閲覧しなくとも、技術的にはアクセス可能な状態に置かれる。この状態が「提供」に該当するか否かは、個人情報保護委員会のガイドラインにおいても論点となる。
サーバー所在地不明のリスク
多くのオンラインツールは、サーバーの物理的な所在地を明示していない。利用規約やプライバシーポリシーを確認しても、「当社のサーバーは安全に管理されています」程度の記述にとどまるケースが少なくない。
サーバーが海外に所在する場合、利用者は意図せず**「外国にある第三者への個人データの提供」**を行っていることになり得る。前述の通り、改正個人情報保護法では外国にある第三者への提供に追加的な要件が課されている。
実務担当者の無意識的な法令違反
問題を深刻にしているのは、実務担当者の多くが法令との接点を意識せずにオンラインツールを利用しているという事実である。
「便利だから」「無料だから」「同僚も使っているから」 ―― こうした理由でツールを選定した結果、個人データを含むファイルが海外のサーバーに日常的に送信されている可能性は十分にある。これは組織的な法令違反リスクであり、情報システム部門と法務部門の連携による対策が不可欠である。
データ・ローカライゼーションという選択肢
データを社内に留めることの法的意義
「データ・ローカライゼーション」とは、データを特定の地理的範囲内に留めて管理することを指す。企業のコンプライアンス対応において、最もシンプルかつ確実な手段の一つは、データを社内ネットワークの外に出さないことである。
データが社内に留まる限り、以下の法的リスクは原理的に発生しない。
- 外部事業者への第三者提供に関する同意取得義務
- 外国にある第三者への提供に関する追加的義務
- 外部サーバーからの漏洩リスクに対する管理責任
オンプレミス型ツールの法的メリット
ファイル処理に必要なツールをオンプレミス環境(自社のサーバーやPC上)で稼働させる方式には、法務的に明確なメリットがある。
1. 第三者提供に該当しない
ツールが社内環境で動作し、データが外部に送信されない場合、ファイル処理の過程において「第三者提供」は発生しない。個人データを含むファイルであっても、社内での処理として取り扱うことができる。
2. データの所在が明確
データがどの物理サーバーに保存されているかが常に把握可能であり、監督官庁からの照会や監査に対して明確に回答できる。
3. 監査対応が容易
ISMS認証の維持審査やプライバシーマーク審査において、外部サービスの利用は常に確認事項となる。データが社内に留まっている場合、委託先管理や越境移転に関する追加的な説明が不要であり、監査対応の工数を大幅に削減できる。
4. インシデント発生時のリスク低減
万が一のデータ漏洩事案が発生した場合、影響範囲の特定と封じ込めが迅速に行える。外部サービス経由の漏洩では、サービス提供者からの情報開示を待つ必要があるが、社内環境であれば自社のログから即座に調査を開始できる。
コストとセキュリティのバランス
| 観点 | クラウドサービス | オンプレミス |
|---|---|---|
| 初期費用 | 低い | 中〜高 |
| ランニングコスト | 従量課金で増加傾向 | 固定費で予測可能 |
| 法令対応コスト | 委託先管理・越境移転対応に工数 | 比較的少ない |
| インシデント対応コスト | 外部調整が必要で長期化 | 社内完結で迅速 |
| 罰則リスク | 高(漏洩時の影響範囲が不明確) | 低(影響範囲を限定可能) |
| 監査対応工数 | 多い | 少ない |
法令違反のリスクコスト(罰金最大1億円、レピュテーション毀損)を勘案すると、オンプレミス型の導入は「高いから見送る」のではなく、「リスク対費用」の観点で合理的に評価すべき投資である。
まとめ ― ツール選定は法務課題である
データ保護規制の強化は一時的なトレンドではない。デジタル社会の進展に伴い、個人の権利保護と企業の責任はますます重くなっていく。2026年の現在、法令遵守は「やらなければならないこと」ではなく、企業価値を守り、高めるための積極的な投資と位置づけるべきである。
とりわけ、日常業務で使用するファイル処理ツールの選定は、もはやIT部門だけの判断事項ではない。法務、コンプライアンス、情報セキュリティの各部門が連携し、データの所在を明確に管理できるツールを選定することが、組織全体のリスク管理において不可欠となっている。
具体的な対応ステップとして、以下を推奨する。
- 現状把握: 社内で利用されているオンラインツールの棚卸しを行い、データの送信先を特定する
- リスク評価: 各ツールの利用が第三者提供・越境移転に該当するか法的評価を行う
- ポリシー策定: 個人データを含むファイルの処理に使用可能なツールの基準を明文化する
- 代替手段の検討: リスクの高いツールについて、データが社外に出ないオンプレミス型の代替手段を評価する
- 従業員教育: ツール利用に関する法的リスクの周知と、ポリシーの遵守徹底を図る
データの所在を管理することは、コンプライアンスの出発点である。そして、データを社内に留めるという選択は、その中で最もシンプルかつ確実な手段の一つである。
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